日本の土人形について考える

 前回の投稿で埴輪について少し触れたので今回は土人形について書いてみたいと思います。

埴輪は古墳時代に流行した土人形です。前回紹介した「今日の人形 鑑賞と技法」において日本人形の美の原点として紹介されています。埴輪以前の日本の土人形ですと有名な縄文土偶があります、今から遡ること13000年前に作られたものが発見されていますから日本の土人形の歴史はかなり古い歴史のあるものなのです。縄文土偶終わりと埴輪の始まりは700年程の時間のギャップがありますから同じ土人形と言ってもその機能、形状共に大きな違いがあります。縄文土偶は実に1万年以上に渡って作られたものですからヒトガタではありながら形も様々ですしその用途も実は良く分かっていません。しかしこの想像の余地が縄文土偶の特徴的な造形と相まって現代人に古代のロマンを喚起させる人形になっています。翻って埴輪のルーツは野見宿禰という人が作ったことが分かっています。昔は偉い人が亡くなると殉死といって周りの人たち(お手伝いさんや、奥さんなど)も一緒に死んでお墓に入らなければならない習俗が有り、それでは生きてる人が可哀想ですから人間の替わりに埴輪という人形を一緒のお墓に入れるよう習俗を改めましょうと天皇に進言したのが野見宿禰という人物です。但し考古学的には日本では殉死の習俗は一般的なものではなかったようなのでこれは一つの伝説と考えた方が良いかもしれません。余談ですが野見宿禰は日本で初めて相撲を取った人物としても有名です。その日本初の相撲の様子を生き人形師安本亀八が迫真の描写で作った生き人形が作品として残しています。埴輪を初めて作った人物が生き人形として残っているのは何かの因縁を感じますね。

埴輪は元々柱の様な形状のものがだんだんとヒトガタや動物型、身近な器物などの形状を取るようになります。兵士や踊り子、馬や猪、家や船などです。埴輪は高貴な死者の副葬品という用途で作られますがこの様な人形を「傭」と言います。中国では有名な兵馬俑、エジプトではウシャブティという「傭」が有り、どちらも埴輪と同じ様なモチーフを土人形で表現しています。このような事から古代人にとって「傭」は死後の世界を表現しているものと一般に考えられています。「傭」のモチーフは大抵現世に在るものですから死んでも現世と同じ様な世界があると当時の人達は考えていたのですね、なんか死んだ気がしない様な気もしますがこれなら死ぬのも怖くないって感じもします。ところが時が下り新しい宗教である仏教や、儒教、道教などの考えが日本に入ってくるとあの世に対する考えが変わって埴輪は廃れてしまいます。簡単に説明すると極楽や地獄のような概念が生まれてあの世が完全な異世界になってしまったというのが大きかったのです。仏像はあの世で死者を導く存在ですが埴輪に比べると金ぴかゴージャスでカッコイイのです、ですから素朴な埴輪じゃまったく相手にならなかったわけです。それ以降土人形は主に庶民のものとして作られるわけですが古墳時代以降次に土人形が歴史に現れるのはなんと江戸期となります。埴輪から千年もかかるのです。これは中世にかけて人形が布や木彫り、藁などで作られるようになったことが主な原因です。美しい布が手に入るようになると端切れで作った美しい人形が作られたでしょうし、天皇は貴族たちに胡粉で綺麗に仕上げられた今でいう御所人形を下賜したという記録もあるので素朴な土人形はオワコンになってしまったのです。ではなぜ千年も経ってから土人形のブームが起こったのでしょうか、以下説明したいと思います。

土人形のブームは江戸中期からと言われています。ブームの発端は土で作られた雛人形が流行したのがきっかけです。雛人形は江戸の初期から武家の女性の嫁入り道具として発達しそれに伴って技術的にも美的にも素晴らしいものが作られるようになりました。ブームは町人たちにもおよび金持ちの商人たちの為に武家に負けない豪華な雛人形が作られるようになりました。しかしその様な豪華な雛人形を庶民を持つことを武士たちは許しませんでした。そこで贅沢禁止令みたいなお触れがでて豪華な雛人形を作ることができなくなってしまったのです。そこで立派な雛人形のレプリカとして素朴な土人形のお雛様ができたのです。ですから当初の土人形は武士や貴族の愛好した人形の形を土人形で再現したものが多いのです。今風にいえばバッドコピー、パチモンです。ところが江戸時代も後期になると歌舞伎、浮世絵に代表される町人文化が花開きます、土人形もコピーを脱して当時の生活や風俗を生き生きと表現する独立した表現に到達します。江戸庶民の活気を大胆にデフォルメされた造形で表現した江戸期の土人形は全国各地に広がり今戸焼の様な素朴なものから博多人形の様な工芸的なものまで多くのバリエーションとなって現在に繋がっています。

明治時代からのの創作人形のブームの初めに郷土玩具の収集ブームがあったことを以前の投稿で紹介しました。郷土玩具において土人形は王様みたいなものですから収集と同時に分類も進んで江戸期の土人形は収集家のもとで大事に保管されるようになっていきます。しかし不思議なことに人形芸術運動の人形作家たちは土人形という表現を好んで選ばなかったのです。昭和11年に帝展に初入選した人形作家の内に土人形を作った者は一人もいません、ほとんどの作品は衣装人形です、また戦後出版された「今日の人形 鑑賞と技法」の人形批評のページにおいても30余人の作家の内土人形を作ったのはたった一人です。しかし「今日の人形 鑑賞と技法」では埴輪を日本人形のルーツとしているように土人形の美しさ自体を彼らが否定していたわけではありません。以前投稿でも指摘したデフォルメされた平田郷陽の後期作品には土人形が持つ大胆な省略、その省略を色面で分割するという土人形からの影響を見ることができます。また人形芸術運動に参加した鹿児島寿蔵の作品は素材こそ紙塑(紙粘土)ながら平田郷陽同様に省略されたフォルムと色面分割という同じ様な方法論で作品を制作しているのです。つまり彼らは土人形が到達した人形美には惹かれつつも土人形のアイデンティティーである素焼きの土という素材を拒否したわけです。それはどうしてなのでしょう、俵有作編「日本の土人形」を紹介しながら説明したいと思います。

「日本の土人形」はカラー図版を使用しながら土人形のユーモラスな造形美を楽しめる一方日本各地の土人形の特徴の解説ページも充実しているので勉強にもなる一冊です。特にこの本を作った俵有作の土人形についての論稿が面白いので簡単にご紹介したいと思います。先ず論稿の中で説明されるのは人形の歴史です、そこで示されるのは人形に使用される素材が当時の身分社会と相関関係にあるという事実です例えば布は上流階級、土は庶民のものという感じです。そして中世以降人形の歴史というものは上流階級の愛した雛人形に代表される布を使用した衣装人形がリードしてきたのだと説明します。しかし雛人形はその端正な表現故に生命感に欠け虚ろな表現になってしまったのだとその価値を否定します。翻って庶民の愛した土人形は出来こそ大胆粗雑ですが表現はおおらかで表情も豊かです。故に人形美の本質は雛人形よりも土人形にあると結論するのです。この本が出版されたのは「今日の人形 鑑賞と技法」より約20年後の1978年ですから創作を含め人形の文化もかなり社会的に認知されていた時期です。しかしこの本が出るまで土人形を取り扱った本はなかったようです、人形ブームの当時にあって土人形は忘れられた存在だったのです。これは人形芸術運動に参加した作家たちが「土」という素材を社会的下層の人々が使うものとして拒否したが故に創作人形としてアップデートされた土人形が現れなかったことが要因だったのではないかと私は考えています。前述したように俵有作は人形に使われる素材と社会階層との関係性に触れています、人形芸術運動は人形の芸術化を通して人形作家の社会的なステータスを向上させるのが目的ですから庶民的な「土」を使うのは都合の悪いことだったのではないかと私は推察します。俵有作は論稿の中で衣装人形に対する批判を書いていますがそれは当時人間国宝にまで上り詰めた人形作家たちへの当て擦りがあったのではないかと私は考えています。論稿では土人形を作った者も飾った者も共に貧しいものであったと書いています。そのような貧しき者たちの祈りに似た思いがこもっているからこそ土人形の底抜けな明るさの裏にリアルな人間洞察があるのだと私は思います。人形芸術運動の作家たちはこの様なリアリズムへの視点を最後まで持つことができませんでした。この様に人形の素晴らしさは必ずしも作家の社会的ステータスや作品の豪華さとは一致しないということを「日本の土人形」は教えてくれるのです。

現在私は創作土人形を作る人形作家です。以前はファッションビスクドールを作っていて高いものでは100万円もする作品もありました。現在は数千円の作品をメインに作っています。確かに作品の価格はそれを購入するお客様の社会的なステータスと相関しているのかもしれません。しかし人形の価格の高低が原因で良い人形か、悪い人形か分別できるものではありません。土人形は古くは高貴な人達の為、中世以降は庶民の為のものでした。これは土人形が遍く人々の心に訴える何かを持っているからだと思います。現在進行形で土人形に向かい続ける私にその何かを掘り出すことができるのかは分かりません、しかし一万年にも遡る日本の土人形の歴史の先端に私の人形があると思うと何ともロマンチックな気分になるのです。こんな気分が少しでも皆さんに伝わればと今日も土人形を作り続けています。

                          月光社 つじとしゆき





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